価値有る骨董品が、地方に流れている可能性が高い

日本の戦後は、都市部の人々よりも、地方の人々の方が裕福であった時代がありました。都市部の多くは、戦中に空襲の標的とされ、地方は被害が少なったためです。戦後の都市部の人々は、食料を求め、地方に足を運び、骨董品など価値のある品と食べ物を交換してもらっていました。地方の人は、骨董品の価値が分からず、見た目の判断で農作物と交換していた場合もあるのです。その話について、未だに知らない人の中には、価値ある骨董品を生活用品の一部として使っているかもしれません。庄屋と呼ばれていた人々の中には、蔵や倉庫などがあったでしょう。蔵や倉庫に、価値のある骨董品が残されている可能性も考えられます。実際にに発見された場合は、全てを確認してもらう目的として、地元の骨董屋に足を運んでもらう方法を考えてしまうかもしれません。地元の骨董屋は、地元内で競合となる骨董屋も数が少なく、安く買い取られてしまう可能性も考えられます。そのため、全国規模で展開している骨董屋に相談する方が望ましく、処分について一度相談されてみるのもお勧めです。地元の骨董屋の査定よりも、高い査定がつく可能性もあります。

骨董を愛して生きる